2026年9月8日、私は愛知県のとある高校へ出張していました。
研究授業を終えて外を見ると、雨がかなり強くなっていました。
その後、先生方を集める校内放送が流れましたが、その日のホテルは約20km離れた名古屋市内。
「会議をしている間に、さらに雨がひどくなるかもしれない」
そう感じた私は、会議には参加せず、ホテルへ向かうことにしました。
このときはまだ、その後どれほど雨が激しくなるのか知りませんでした。
■ 午後3時半過ぎ、その学校の駐車場へ向かうと、すでにくるぶしほどまで水がたまっていました。
車を走らせると通行止めも発生していました。
大きな道路へ出るころには、ワイパーを最速にしても前が見えにくいほどの豪雨。
対向車が通るたび、大量の水がフロントガラスへ飛んできて、一瞬視界がなくなりました。
さらに、2台持っていたスマートフォンから緊急速報が何度も大音量で鳴りました。
道路には大量の水。
通行止め。
緊急速報。
これまで経験したことのない状況でした。
■ 道路が茶色い水に消えた
普段ならホテルへ向かうために便利なアンダーパスがあります。
しかし、その日は「ここへ入ったら危ない」と感じ、別の道を選びました。
ところが、その道路もすでに冠水していました。
見えるのは茶色い水ばかり。
道路の端も、水深も、水の下に何があるのかも分かりません。
スマートフォンの地図を見る余裕さえなく、低い場所やアンダーパスを避けながら、知らない道路を走りました。
ホテルへ早く着きたいという気持ちは、もうありませんでした。
ただ、この水の中から無事に脱出したい。
それだけを考えていました。
しばらくすると突然水が少なくなり、見覚えのある道路が現れました。
そのときの安心感は、今でも忘れられません。
ホテルが見えた瞬間、本当に「生きて帰ってきた」と感じました。
■ 後から知った104.5mmという記録
ホテルに着いてSNSを見ると、名古屋市内の冠水した道路や、動けなくなった車の映像が次々と流れてきました。
そこで初めて、自分がどれほど異常な状況の中を走っていたのか実感しました。
後から知ったのですが、この日、名古屋では16時53分までの1時間に104.5mmの雨を観測。
名古屋の1時間降水量として、観測史上1位となる記録的な豪雨でした。
私が学校を出発したのは午後3時半過ぎ。
まさに雨が猛烈に強くなっていく時間帯に、名古屋へ向かっていたことになります。
今振り返ると、雨がさらに激しくなる前に学校を出ようと自分で判断したことは、とても大きかったと思います。
災害時には気象情報や警報を確認することはもちろん重要です。
同時に、目の前の状況を見て、自分で考え、早めに行動することの大切さも今回の経験から強く感じました。
■ 翌朝、何でもないカレーが最高に美味しかった
翌朝、前日の豪雨の影響で学校は休校となりました。
最初に心配したのは車でした。
駐車場へ行き、エンジンをかけると無事に動きました。
前日の恐ろしい状況を一緒に切り抜けた車が、その朝だけは少し「戦友」のように見えました。
道路にはまだ泥や豪雨の痕跡が残っていました。
私は疲れていたので、ホテルから一番近いファミリーレストランへ朝食を食べに行きました。
普段はほとんど利用しない店です。
そこで注文したのが、何でもないカレーモーニングでした。
でも、その日のカレーは本当に美味しかった。
車が動く。
道路を普通に走れる。
店が開いている。
温かい朝食を食べられる。
そして、自分が無事にここにいる。
前日まで当たり前だったことが、その朝はすべてありがたく感じました。
■ 何もない日常は、何もない一日ではない
今回の記録的豪雨は、私にとって単なる大雨の経験ではありませんでした。
朝起きること。
普通に道路を走れること。
ご飯を食べられること。
安全な場所で眠れること。
普段は意識することさえない日常が、どれほどありがたいものなのか。
あの豪雨を経験して、強く感じました。
何もない一日は、「何もない一日」ではありません。
何も起こらず、安全に一日を過ごせる。
それ自体が、とても幸せなことなのだと思います。
あの日の恐怖は、おそらく一生忘れません。
そして翌朝に食べた、何でもないカレーの味も忘れないと思います。

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