私は高校教師として、日々、生徒たちと向き合っています。
学校という場所では、どうしても「正解」を探すことが多くなります。
テストには答えがあり、評価には基準があり、間違えないことが求められます。
もちろん、それ自体がすべて悪いわけではありません。
基礎を学ぶことも、努力することも、大切です。
けれど、社会に出てからの人生には、学校のテストのような正解がないこともたくさんあります。
投資もそうです。
仕事も、人間関係も、進路も、生き方もそうです。
誰かが一つの正解を教えてくれるわけではありません。
だからこそ、私は「自分で考える力」がとても大切だと思っています。
学校の中では、周りと合わせることが安心につながる場面もあります。
でも、いつも周りと同じ方向を向いているだけでは、自分の本当の考えが見えなくなることもあります。
私は、教育の中で大切なのは、ただ正解を教えることではなく、自分で考えるきっかけを渡すことだと思っています。
英語を学ぶことも、その一つです。
英語は単なる科目ではありません。
別の言葉を学ぶことは、別の考え方に触れることでもあります。
日本語だけでは見えにくかった世界が、英語を通して少しずつ見えてくることがあります。
このページでは、学校で感じたこと、教育現場で考えたこと、英語を学ぶ意味、そして「正解のない問題」とどう向き合うかについて書いていきます。
教育は、ただ知識を詰め込むためのものではありません。
自分の頭で考え、自分の人生を育てていくための土台でもあります。
投資も、教育も、人生も。
結局は、自分で考えることにつながっているのだと思います。